ご由緒

青島神社

青島神社は彦火火出見命が海積宮からご還幸された
御宮居の跡といたしまして
「彦火火出見命・豊玉姫命・塩筒大神」の
三神をおまつりいたしております。
奉祀の年代は、明らかではございませんが
平安朝の国司巡視記「日向土産」の中に
「嵯峨天皇の御宇奉崇青島大明神」と
記されてあって(約千二百年前)、
文亀(室町時代・約五百年前)以降は、
藩主伊東家の崇敬厚く、
社殿の改築、境内の保全に力を尽くし、
明治以後は御祭神の御威霊を仰ぎ熱帯植物繁茂する
国内絶無の霊域をたずねる人々いよいよ多く、
縁結・安産・航海・交通安全の神として、
御神威は益々輝き今日に至っている。

境内神社

海積神社境内写真

海積神社

わだつみじんじゃ
御祭神名
彦火瓊瓊杵命(ひこほのににぎのみこと)
木花咲屋姫命(このはなさくやひめのみこと)
磐長姫命(いわながひめのみこと)

いそじんじゃ
御祭神名
豊玉彦命(とよたまひこのみこと)
少彦名命(すくなひこなのみこと)

石神社境内写真

石神社

わだつみじんじゃ
御祭神名
彦火瓊瓊杵命(ひこほのににぎのみこと)
木花咲屋姫命(このはなさくやひめのみこと)
磐長姫命(いわながひめのみこと)

いそじんじゃ
御祭神名
豊玉彦命(とよたまひこのみこと)
少彦名命(すくなひこなのみこと)

御祖神社境内写真

御祖神社

おやじんじゃ
青島神社氏子神徒の祖霊並びに氏子戦病死者の霊を祀る                                                  

もとみや
青島神社の元宮と伝えられる。
元宮跡から、弥生式土器、獣骨等が出土し、
古い時代から小祠があり、
祭祀が行われたものと推定される。                                                  

                                         
元宮境内写真

元宮

おやじんじゃ
青島神社氏子神徒の祖霊
並びに氏子戦病死者の霊を祀る                                                  

もとみや
青島神社の元宮と伝えられる。
元宮跡から、弥生式土器、獣骨等が出土し、古い時代から小祠があり、祭祀が行われたものと推定される。                                                  

            

日向之国七福神

七福神写真

弁財天特別参拝
特典としてお祓い、昇殿参拝、弁財天小守授与
千円以上のご奉納をお願い致します。

神話

神話ヤマサチヒコイメージ

彦火火出見命は「海幸彦・山幸彦」のお話の山幸彦でございます。

兄の海幸彦から借りた釣り針をなくしてしまい、海辺で困っているところに塩筒大神が現れ、わけを聞くと船を造り海の中に探しに行くように言われます。

山幸彦はその船で海の中になくした釣り針を探しにいかれ、塩筒大神の言われた通り井戸のそばの木の上にいたところ、海神の侍女が井戸に水を汲みに来て山幸彦に気付き、海神の娘豊玉姫に知らせます。

豊玉姫が父の海神に報告しましたところ、山幸彦は海神の宮でおもてなしを受けます。
するとあっという間に三年が経ち、ある日ため息をつかれます。
いったいどうしたのかと尋ねられると海の中に来たわけを話します。

話を聞いた海神は魚たちを集めて鯛の喉から釣り針を見つけられたのです。
その釣り針を持って陸にお帰りになる山幸彦は海神から「塩満瓊(しおみつたま)と塩涸瓊(しおひるたま)」の二つの瓊をいただきます。

山幸彦は海神から言われた通り意地悪をしてきた兄の海幸彦を塩満瓊を取り出して溺らせ、あやまってきたら塩涸瓊を取り出して許してあげました。
それから兄弟仲良く暮らしました。

青島神社鳥居イメージ

神事

真砂の貝文

真砂の貝文写真
真砂の貝文写真
真砂の貝文写真
真砂の貝文写真

ここ青島は、七百万年前の隆起海床に貝殻が堆積してできた島である。 依って青島の別名を「真砂島」とも云う。
古代万葉の人々は、和歌の中で「濱の真砂」と詠み、数多い貝殻の中から自分の心情に合った貝を探し、それに想いと願いを込めたのである。
青島では、貝の中でも特に下の「タカラガイ」が真砂と呼ばれ大切にされてきた。
神社前の浜辺にて真砂を探し、自身の想いと願いを込めてこの波状岩にお供え下さい。
悠久の時を刻み続けるこの元宮の地であなたの想いは静かに息づくことでしょう。

真砂の貝文写真サムネイル
真砂の貝文写真サムネイル

産霊紙縒

産霊紙縒写真
産霊紙縒写真
産霊紙縒写真
産霊紙縒写真
産霊紙縒写真

古来より我が国では、万物全ての始まりは産霊(結び)の力から生成されると信じられて来た。紙縒の呪力には、糸、紐、綱、縄などに共通する霊的な力でものを結ぶ「魂結び」機能がある。江戸時代には、心を寄せる相手を想い紙縒を、神社の格子や神木に結びつけ、結婚を祈願するということが行われていた。また紙縒は、水引きとして用い色の染め分けや結び方などによって、吉凶の別が生じる。ヒモの語源は、「引き結ぶ」からきていると云われる。古代には、紐のことを「緒」と呼んだ。「玉の緒」「年の緒」「息の緒」等があるが、いずれも生命に関わるものである。不想議な力を秘めている紐の呪力は、災いや病気を除いたり、恋人に巡り逢えるように、といった願いを込めたまじないに用いられることが多い。『万葉集』の恋の歌には紐という言葉が多く使われている。皆様御祈願の産霊紙縒は、願いが解けないように結びきるとよい。

産霊紙縒写真サムネイル
産霊紙縒写真サムネイル

天の平瓮投げ

天の平瓮投げ写真
天の平瓮投げ写真
天の平瓮投げ写真
天の平瓮投げ写真

ここ元宮は古代の臨時祭祀(お祭り)の址(あと)として伝えられる聖地で ある。この処より、割れた弥生式土器が多数出土している。土器の皿は、祭器 (お祭りに使う道具)の一つであり、平瓮(ひらか)と言う。『日本書紀』神 武天皇条には、「天平瓮八十枚を作り(神酒を入れる瓶)を作りを敬いなさい。又 身を清めて呪言を唱えれば敵は自然に降伏するだろう」とある。以来、素焼き の盃をかわらけと称し朝廷にても古くから用いられ、神宮神社に於ても神饌を 奉るには主として土器を用いてきたのである。身を清めに天の平瓮を奉づれば 吉凶が占われる。即ち磐境に投げ入れば心願成就し、天の平瓮が割れれば開運 厄祓になるとされる重要な天の平瓮神事である。

天の平瓮投げ写真サムネイル
天の平瓮投げ写真サムネイル

祈りの古道

祈りの古道写真
祈りの古道写真
祈りの古道写真

古くは神馬を奉納していましたが、馬は高価で献納することが困難でした。そこで馬小屋の形の木に神馬の絵を描き感謝の言葉を伝える為に、奉納した事が始まりとされております。
今では、祈り願いの言葉を伝える為、また想いや願いが成就した暁に、神様への感謝の気持ちを伝える為に奉納されております。
青島神社では、元宮への参道に絵馬掛けを設け、ご参拝者の想いや願い、またお礼の言葉を伝えております。

祈りの古道と絵馬写真
祈りの古道と元宮写真

交通アクセス

お車をご利用の場合

  • 宮崎ICから国道220号を日南方面へ 約13km 約15分
  • 宮崎空港から約15分
  • 宮崎駅から約25分
  • 福岡ICから約4時間10分
  • 熊本ICから約2時間40分
  • 鹿児島ICから約2時間10分

電車等をご利用の場合

  • JR日南線青島駅下車徒歩約10分

青島駅から青島神社(島内)までは約800mです。
青島参道から青島神社(島内)までは車は通れません。〔歩行者優先道路〕

青島神社までのルートはこちら